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◆ イタリア旅行記 ◆
 
 
 
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ミラノ,マルペンサ空港


ドゥオーモ


鳩のエサでぼったくり


周囲に配慮したな色のマクドナルド


イタリアの栗は超おいしい!


ミラノのフェラーリショップ


ミラノスカラ座


ミラノ中央駅


ミラノ中央駅のホーム


ブレシアの駅


ヴェローナ駅

出発前のハプニング

 僕たちにとっては初めてのイタリア旅行だが,最近では旅にも結構なれてきたこともあって,準備にはそれほど時間がかからない。以前のフランス行きと同様,成田を夜出発だったので,会社が終わってから成田へ向かえば十分間に合う。ところが,出発の日の午後エールフランスから連絡があった。フランスからの機材到着が遅れ,日本出発は翌朝になるという。旅行にこんなことはつきものなので,腹を立てても仕方がない。とりあえず先方のオファーを受け,朝出発に備えて,準備してくれた成田近辺のホテルに泊まることにした。

 今回の旅程は往路が成田―パリ経由―ミラノのリナーテ空港行きで,復路がローマ―パリ経由―成田だった。当初の到着予定の日に例の「最期の晩餐」の観覧を予約していたのだが,どうも間に合いそうにない。電話連絡したものの翌日は予約でいっぱいらしい。結局僕たちは「最期の晩餐」をあきらめなければならない羽目になってしまった。もちろん事前にクレジット決済しているので,エールフランスとの交渉になる。旅には天候不良などの不可抗力もつきものだし,予定通りに飛ばないときだってあるものだ。

 エールフランスが準備してくれたホテルに泊まることになったが,まず通常通り出国カウンターに行く必要があるとのことだ。そこで手続きをした後,送迎バスにて案内してくれるらしい。僕たちがカウンターに並んだとき,近くのカウンターから怒鳴り声が聞こえてきた。男性1人と女性2人のグループのようであったが,どうもフライトが遅れるということが,うまく伝わってなかったらしい。空港に来て初めて知ったのだろう。とにかく地上職員に怒鳴り散らしている。あまりの剣幕に他の客も怪訝そうに見ていた。まさか自分たちが同じような目にあうとはつゆ知らず,正直言うと僕たちも,彼らのことを大人げないと思っていた。その時は僕たちは怒鳴っても自体は変わらないことが分かっていたので,とりあえずさっさとホテルへ移動し,体を休めることにした。

 

悪いことは続くもの

 翌日いよいよフランスへ向けて出発となった。飛行機は順調に13時間のフライトの後,何事もなくパリへ到着した。僕は飛行機を降り乗り換えのゲートに向かったとき,ふと財布がないことに気がついた。上着のポケットに入れて,その服を無造作にラックに載せていたことを思い出した。きっとポケットからラックにすべり落ちたのだろうと思い,地上職員に調べてくれるようお願いしたが,残念ながら結局財布は出てはこなかった。現金は大して入ってなかったのは幸いだったが,キャッシュカードやクレジットカードをストップするのに手間取った。気分的に結構へこみはしたが,2人の友達になぐさめられ,気を取り直してミラノに向かうことにした。

 搭乗口に行くと飛行機自分たちの乗る飛行機の掲示が見当たらない。おかしいと思い近くの職員に尋ねると,事の真相をはっきりと言わず,案内カウンターに行けというばかり。またそのカウンターも長蛇の列で,やっと自分たちの順番が回ってきたときには,飛行機が出発する時間は過ぎていた。しかし心配は無用だった。飛行機自体飛んでなかったのだから・・・。職員は,あなたたちの予約はキャンセルされているので,翌日便でミラノへ行けという。それは受け入れられないと激しく抗議すると,係のおじさんはしぶしぶ発券しチケットを3枚僕たちに手渡した。詳しい説明もなしに・・・。

 カウンターを離れる前にチケットを確認すると,なんとアムステルダム経由ミラノ行きのチケットだった。さすがの僕もキレてしまい,何とかしろと再度激しく迫った。結局,荷物が機内持込だったことが幸いし,ミラノにあるもう一つの空港,マルペンサ空港行きに振り替えることができるという。もしも荷物を預けてしまっていたら,荷物は自動的にリナーテ行きの便に積み替えられる。すると後々めんどうなことになるので,乗客もリナーテ行きにしか乗せられないという。機内持込だった君たちはラッキーだと笑みすら浮かべ,申し訳ないという態度は微塵もみせない,このおじさんは一体どんな神経の持ち主なのだろうと思った。正直,「マルペンサ行きがあるんだったら先に言えよ!」と思った。僕たちがなぜリナーテ空港行きを予約したか,それはホテルへより近いからだった。マルペンサからだと結構時間がかかるし,タクシー代も結構かかる。夜遅くに到着したのでレストランも軒並み閉店している。しょうがないので,激しい雨が降っている中,パニーニと飲み物を買うためにホテルを出た。くたくたに疲れていた上に,傘が役に立たないほどの激しい雨で服もびしょびしょになり散々な思いをした。

 翌日からはいやな事を忘れて楽しもうと街にくりだした。まず手始めにドゥオーモへ行くことにした。イタリアは悪いやつらが多いと評判だが,その評判どおりの事がドゥオーモ前の広場では繰り広げられていた。僕たちはすでに手口を知っていたので,引っかかることはなかったが,なかなかの知能犯である。まず観光客に数十粒のトウモロコシをにぎらせ,鳩にエサをやってみろと勧めるのだ。すると鳩がたくさん寄ってきて,肩に止まったり,手に止まったり観光客は大喜び。鳩がエサを食べ終わると,観光客は男に「ありがとう」と言って去っていこうとする。トラブルはそこからだ。男は「鳩のエサ代を払ってくれ」と観光客に詰め寄る。またその値段が高いことといったらない。10ユーロほども請求しているようだった。怒鳴って払わずに去る客,しぶしぶ支払う客と十人十色である。しばらく観察していて思ったのは「大声で怒鳴って去っていく」のが一番利口だということ。自分の母国語でもいから,とにかくまくし立てればいいわけだ。どうも悪さをする人間の大半は移民のイタリア人のようだった。ミラノでは結局「最後の晩餐」を目にすることはなかった。これもエールフランスのおかげである。僕たちにとってミラノはそれほど見るべきものは多くはない。しかしよく耳にする「スカラ座」くらいは見ておきたいと,正面まで行ってみることにした。まさか自分がスカラ座の前に立つなど,いまから数年前には想像すらできなかったが,クラシック好きの僕にはちょっと感慨深いことであった。次に友達がスウォッチの限定品を買いたいということで,スピガ通りにある店に行ってみることにした。このスピガ通りはブランドショップが立ち並んでいる。またこの通りはやたら多くの日本人が歩いていた。ブランドものを買いにきた女性達だ。あちこちのショップの紙袋をいくつもぶら下げているのはちょっとみっともなく見える。なぜか僕たちまで恥ずかしく思ってしまった。ところでこの通りの出口にある店で買った焼き栗はことのほかおいしかった。スピガ通りではぜひ焼き栗をご賞味下さい・・・。

 


サンタルチア駅


ヴェネチアの水路


サンマルコ寺院


ヴェネチアのゴンドラ

ミラノからヴェネチアへ

 ミラノからヴェネチアへは列車での移動である。チケットの買い方は意外に簡単。自動販売機で簡単に買える。英語でのディスプレイがあるので,困ることはほとんどない。ヴェネチアに行く前にクレモナにも寄ってみたかったのだが,今回の旅はいろいろとアクシデントが多いので,あまりハメをはずさず,ゆとりを持って行動しようということで,クレモナ行きは次回に譲ることにした。

 ヴェネチアは潮の香りが漂っている。とはいえ,いいにおいといいうわけではない。ちょっと汚れた海のにおい,言い換えればドブのようなにおいがするのだ。僕たちのホテルはサンマルコ広場から2,3分のところなので,とりあえず水上バスでサンマルコまで行くことにした。きっと歩いて行っても大したことはないとは思うが,荷物を持ったまま初めての土地をうろつくのは気がすすまない。それにしても,よくテレビや雑誌などで目にする景色が,現実に目の前にあることが不思議な感じだった。行きかう水上バスと,細い水路まで入っていくゴンドラが「ヨーロッパにいる」という実感を味あわせてくれる。

 ホテルで一休みし,サン・マルコ寺院周辺から散策を始めることにした。細い路地を抜け,迷路を進むように行くと,人通りのない暗く危険な香りのする通りへと出てしまった。ヴェネチアの治安のことはよく知らないが,日が暮れかかっていたので,とにかく人通りの多いほうへ移動した。そのうちリアルト橋に出たが,さらに歩き回っているうちにアカデミア橋にまで来てしまった。ヴェネチアは景色は最高だが,実は長い時間をすごすのにはちょっと退屈する。当初ヴェネチア一泊というのはちょっと短すぎるかなとも思っていたが,結果的には僕たちには十分だった。

 翌日ホテルで朝食を摂り,チェックアウトすると,再度水上バスでサンタルチア駅に向かった。ちなみにイタリアのホテルの朝食はたいてい宿泊料金に含まれていることが多い。食事はたいていデニッシュ生地のパンにハム,チーズといったところだが,フランスと違うのは,デニッシュに甘いアイシングがかかっていることだ。甘い菓子パン風のものが多いのが気になるといえば気になる。そのほかにも日本の食パンを小型にしたようなパンがあったが,こっちのほうがずっとよかった。朝から甘い菓子パンはどうもいただけない。食事の後は水上バスでサンタルチア駅へと向かった。ヴェネチアをあとにした僕たちが次に向かうのはフィレンツェだ。

 


フィレンツェのアルノ川


アルノ川の夕暮とヴェッキオ橋


メディチ家の回廊付近


フィレンツェの露天

 

フィレンツエ

 トスカーナ州の州都フィレンツェはアルノ川河畔にある街で,長らくメディチ家の支配下にあったことでもよく知られている。アルノ川の景色が美しいとのことで,できるだけ川に近くてリーズナブルなホテルを選んだ。どうも地図を見るだけでは,ホテル周囲の雰囲気までは分からない。アルノ川の景観が売りのそのホテルも,実際には部屋は1階で,川など微塵も見えなかった。しかし部屋の状態はそれほど悪くないし,天井も高く,圧迫感がない。なかなかよいホテルだった。

 とりあえずアルノ川に沿って街へ歩いていくことにした。時間は夕刻だったが,街の景色が水面に反射してすばらしく美しい。僕はこれほど美しい川と街の景色を見たことはない。とにかく絵に描いたような景色だった。実はフィレンツェには一番期待をしていなかった。何となく田舎くさい印象があったのと,美術や建築にはそれほど興味もないからである。ところが実際にはミラノやヴェネチアよりも楽しむことができた。プッチーニのオペラ,ジャンニスキッキでも歌われているヴェッキオ橋はフィレンツェで最も古い橋だ。両側にはアクセサリーの店が軒を連ねているが,もともとは肉屋がならんでいたそうだ。なにやら悪臭を嫌い,フェルディナンド1世がそれらの店を追放したそうだ。

 フィレンツェのある店のショーウィンドウにあったシステム手帳がちょっと気に入った。ほとんど買うつもりで見せてもらったのだが,機能がちょっと僕の趣味に合わなかったのでやめた。代わりに友達がそのシステム手帳を買ったのだが,じつは結構人気のブランドだったということが後で分かった。日本でもあまり多くの店では扱ってないので,ブランドにはあまり興味のない僕でも買っておけばよかったかなとちょっと後悔した。デザインや機能はかなりいい線をいっていたそのブランドはPIQUADRO。ただその時に欲しかったファスナータイプでなかったので結局買わなかった。後日ローマで偶然直営店を見つけ,いろいろなタイプの手帳をみたが,今度は値段が高かったのであきらめた。

夜には昼間にたまたま通りかかった教会で知った演奏会に足を運んだ。偶然にもそのころはまっていた,クライスラーの曲を聴くことができた。教会で音楽を聴くのは,本当にヨーロッパ的で,実際に自分がヨーロッパにいるということを実感させてくれる。超一流のプロというわけではないだろうが,演奏も水準以上でとても楽しめた。そういえばフィレンツェは音楽家からも愛されている町だ。世界的チェリストのガスパール・カサドと夫人でピアニストであった原智恵子さんももここフィレンツェで暮らしたことを思い出した。

 

 

 

 
 
 
 
 
 
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